人工知能が人間の働き方を根本から変えつつあります。
マッキンゼーは2030年までに最大8億人の雇用がAIによって代替される可能性を指摘し、従来の職業や産業構造そのものが大きく揺らぐ時代が訪れようとしています。
こうした環境変化の中で、社会保障制度はどのように再設計されるべきでしょうか。
給付付き税額控除、ベーシックインカム、さらにはAI利用権を国民に付与するという新しいアイデアまで、世界各国で議論が動き始めています。
本稿では「超知能による雇用ショック」を前提に、社会保障の未来像を考えます。
1 雇用ショックに備える社会保障の役割
AIの普及は、生産性の向上と新産業の創出をもたらす一方、短期的には所得喪失のリスクを伴います。
特にホワイトカラーの大量代替が予想される中で、社会保障の役割は「失業への備え」から「転職とスキル再獲得のための投資支援」へとシフトしつつあります。
日本でも給付付き税額控除の導入に向けた議論が始まり、低所得層を支える仕組みの再構築が進んでいます。
重要なのは制度の大小よりも「変化に迅速に対応できる政府」であり、技術変化のスピードと社会制度のスピードをいかに同期させるかが問われます。
2 産油国モデルに見る“雇用変動への知恵”
チームみらいの安野貴博氏は、急激な雇用変動に直面した産油国の経験が参考になると指摘します。
たとえばブルネイは原油価格の急落で若年層の失業率が3割に達した時期がありましたが、政府は教育投資に重点を置き、雇用変動を吸収する仕組みを維持しました。
資源価格の変動という“外部ショック”にさらされる国は、構造変化にどう耐えるかの知恵を蓄積してきました。
AIショックはそれよりも大きく広範囲に及ぶ可能性があり、日本も同様に「教育投資と所得再分配の連動」が不可欠になります。
3 ベーシックインカムの限界
雇用が一時的に大きく失われる可能性を踏まえ、米国ではベーシックインカム(UBI)の議論が再燃しています。
スタートアップの経営者を中心に導入を求める動きが広がっていますが、以下の課題が指摘されています。
- 財源負担が極めて大きい(米国で月1000ドル支給なら予算は1.5倍)
- 働く意欲への影響が未知数
- 実証実験は行われても恒久化には至っていない
UBIは魅力的なアイデアのように見えても、現実には財政・制度設計のハードルが高く、「持続可能性」という観点では不透明です。
4 “ユニバーサル・ベーシック・コンピュート”という新発想
そこで注目されているのが、OpenAIのサム・アルトマンCEOが提唱する ユニバーサル・ベーシック・コンピュート(UBC) というモデルです。
これは現金ではなく「AIを使える権利」を国民全員に配分するという構想です。
ポイントは次の通りです。
- ひとりひとりに強力なAIの利用権を割り当てる
- 利用権はリスキリングや副業・創業に活用できる
- 現金が必要なら利用権を市場で売却できる
- AI資源が富裕層に集中するのを防ぎ、格差是正にもつながる
すでに米国では民間主導でAI利用権が取引される市場が立ち上がりつつあり、「計算能力が新しい通貨になる」という未来像が見えてきました。
これは、社会保障を AI資源の分配 として捉え直す発想であり、AI時代の生活基盤として有力な選択肢になり得ます。
5 日本が取るべき方向性
AI利用権のような制度をすぐ導入することは難しいとしても、日本が取り組むべき方向性は明確になりつつあります。
- スキル再獲得のための教育投資を社会全体で支えること
- 所得再分配をスピーディーに行える制度(給付付き税額控除等)を整備すること
- AI活用の機会格差を防ぐための公共的なAIインフラを構築すること
- 雇用変動のショックを吸収する柔軟な税制・社会保障の更新力を持つこと
特に「AIのアクセス格差」は将来の所得格差に直結します。
AIを使いこなせる人と使えない人で所得二極化が深まる前に、利用権配分や公的AIサービスの整備が検討されるべき段階に来ています。
結論
AIが最大8億人の仕事を代替する可能性が語られる時代、社会保障は「雇用喪失への補償」から「再挑戦を支える投資」へと役割を変えます。
そして、その投資の中心に置かれるのは 現金ではなくAI利用権 という、新しい概念かもしれません。
AIは労働を代替するだけでなく、個人が新しい価値を生み出すためのインフラとなります。
政府がどこまでAIアクセスを公共財として扱うのか、そしてどれだけ迅速に制度を刷新できるのか。
その判断が、AI時代の格差構造と社会の安定性を大きく左右することになります。
参考
・日本経済新聞「超知能 仕事再定義(4) 8億人失業 社会保障どうなる」2025年12月11日朝刊
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

